日常ツバメガエシ

スポーツ観戦好きの諸々スポーツ話

1998年の昔話

本日の試合中、「警視庁、監督現役復帰して、池ノ上選手を大阪から戻して、ついでに小内選手を現役に復帰させてくれないかなあ」ってちょっと思った。どこまでさかのぼるよ自分。
彼らと、つくば加藤選手は同期になる*1。1998年。でもって、今挙げたメンバーは全員1998年全日本インカレ3位以上となる。筑波大優勝(確か4冠…のはず)、大阪商業大準優勝、日体大が3位。ちなみに4位は中大。この時の筑波はまあ鬼のように強かった。そりゃそうだ、加藤・増村・甲斐選手*2揃い踏みで他チームどうしろっちゅーねん状態なわけで。まあ、当時はチーム事情で加藤選手がセンターやってたとはいえ*3。確か決勝戦とかあっさり終わってたもんな。その前に大阪商業大は日体大を完膚なきまでに叩きのめしてたのにね。その時から池ノ上選手をチェックしてて、警視庁で現監督と一緒になった時は正直小躍りしたっけ。この時の日体大は大学監督(今と同じ方)に雑草とまで言わしめたのでそれはそれで善戦だったのだがそこの話は長くなるので略。
1998年は、丁度関東学連が各部6チーム制から8チーム制に変わった年で、その年は学連さんがかなり改革を打ち建てていた。関東学連の大学パンフのサイズがA4版に大きくなったのもこの年。それまではB5版だったはず。で、その時の学連委員長さんが実は非常に印象的、なのである。今でも印象的なのである。
だって、まだバレー選手として、現役なんだもん。
何年も東部地域リーグを御覧の方だと、日によって、三菱東京UFJ銀行のアップゾーンのうるささが倍増していることに気づいているかもしれない。少なくとも今年の1/31の試合はいらっしゃっていて、テンションがやたらと高かった。その声の主が当時の学連委員長、現三菱東京UFJ銀行・谷口選手。勿論、当時は裏方として頑張っていたので、まさかこんなテンションの選手だとは思ってもおらず。ただ、いずれにしろ、今までずっとバレーに関わってくれているのがちょっと嬉しかったりする。
…ちなみに当時、6チーム制から8チーム制に変わって、谷口選手の所属していた早大が、かなり定位置めいていた2部から1部に昇格したということも、まああったりするのだが。そこは敢えて不問としようか、ね。お陰で順大が2部に落ちなかったし。

*1:だから昨年までのつくば監督も同期

*2:註で所属すら書きたくないメンバーだとつくづく思う

*3:なのでセンターは加藤ー小内ライン。当時のメンバーの書付を確認すると、石田選手(元東京ヴェルディ)がレフトだったんだよなあ